私たちは、いつから「自由」をあきらめたのだろう。
早朝5時30分。南アルプスの稜線が、まだ夜の色を残している。
家族が寝静まった部屋で、コーヒーを淹れ、この文章を書いている。誰に急かされるでもなく、自分のタイミングで、最初の一行を打ち出す。この静けさが、ぼくにとっての「サーブ権」だ。
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服部雄樹。ウェブ制作会社を一人で経営するデザイナー。
そう名乗れば整って聞こえるだろう。けれど、ここに至るまでの輪郭線は歪んでいた。
社会に出たとき、周囲の当たり前にうまく馴染めなかった。決められた枠組みに、身体がどうしても合わなかった。才能がなかったのではない。「規格」が違っていただけだと、今なら思う。
その摩擦を、音楽にぶつけた。うまく言葉にできないものを、音でなら吐き出せた。やがてウェブデザインの世界に惹かれたが、未経験で雇ってくれる場所は日本になかった。海外に求人を探し、バリ島に飛び込んだ。そこでの3年間が、今の仕事の原点になった。刺激的な日々だった。けれどそれは、自由に向かっていたのか、何かから遠ざかっていたのか、当時の私にはわからなかった。
日本に戻り、独立した。デザインという言語が自分に合っていた。クライアントの課題を形にする反復の中で、少しずつ生計が立つようになった。ただし平坦な道ではなかった。来月の売上が読めず眠れない夜。納期の直前で案件を失ったこともある。自由の隣には、いつも不安定という影がいた。
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それでも考え続けた。自分は、どう暮らしたいのか。
答えは地味なところにあった。収入源を複数持つこと。生活コストの輪郭を知ること。身の丈に合った仕組みを、静かに設計すること。泥臭い試行錯誤を、何年も積み重ねただけだ。けれどその先に、「自分で選べる」という感覚が現れた。
テニスでいうサーブ権——ゲームの最初の一打を自分で決められる状態。人生にも、それと同じものがあると気づいた。
ぼくはこの静かな自由を、「自給自足 2.0」と名付けた。畑で野菜を育てるのではない。収入と暮らしの仕組みを、自分の手で育てる。道具がクワからノートPCに変わっても、「自分で作り、自分で満たす」という原理は変わらない。
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今、早朝の書斎には、もう一人の存在がいる。AIだ。
「AIで不労所得」とか「自動で稼ぐ」とか、そういう話ではない。思考の壁打ち相手であり、手を動かしてくれる協業者。ただし、何を選ぶかは常に私が決める。
南アルプスの麓で録った自然音を、AIが生成したビートと重ねて機能性BGMを作る実験もしている。身体性とデジタルの融合。小さな実験だが、「ひとりでも、ここまでできる」ということの証左だ。
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このSubstackは、書籍『自給自足 2.0』の思考を、もう少し近い距離で届ける場所だ。完成された方法論ではなく、現在進行形の実験記録。うまくいったことも、いかなかったことも、正直に書く。
もしあなたが、今の暮らしに小さな違和感を感じているなら。朝の受信箱に届くこの手紙が、何かの種になるかもしれない。
南アルプスの麓より、静かに。
服部雄樹


